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ヴァーチャルな観戦日誌として-World Cup France 1998

今福龍太


 今年のワールドカップには行かないと決めていた。フランスがもはや行きたくともかなわぬ「遠い」国であるはずはなかったが、私にとって今回のワールドカップにはいくつかの点で、現地観戦を敬遠する理由があったからだ。その一つは、開催地フランスがヨーロッパのどの国からも至近距離にあることで、これによっておそらく非常に多くの旅行者をワールドカップが集めることが予想された。混乱する交通機関、不足する宿泊施設、手に入らないチケット・・・。お仕着せのツアーなどに乗っかって旅行者仲間とわいわいしながら観戦してまわるといった集団行動がまったく苦手な私は、行き当たりばったりを決め込む個人旅行者にとって今回の開催地の諸条件が、かなり過酷であることを直感した。サッカーを純粋に楽しむ以上に、それ以外のことで神経をすり減らす時間が多いのではないか? そんな疑念が頭をよぎる以上、今回はワールドカップ行を見合わせようか。私の決断は意外に醒めていた。

 もう一つの理由は、ややへそ曲がりな理由だといわれるかもしれない。日本の初の本戦出場----まさにこの事実によって、私は今回の現地観戦がいやでも日本人としての「応援」を目的とする行動としてストレートに意味づけられてしまうことに、抵抗を感じていた。これまでのワールドカップにおいては、日本人の観戦者は自国の応援者であることができないという「不幸」を味わってきたといわれてきた。だが私はそれを不幸と思ったことがない。たまたま国籍において日本人である者が、その国家的帰属の形式性を自らのサッカー的な趣味や嗜好に反映させねばならない本質的な理由などないはずだ。私のサッカー観はメキシコでの数年間の生活やブラジルでの滞在をへて、完璧にラテン的な快楽性の相のもとに構造化されてしまっているので、守備的な戦術で組織プレーに徹する日本チームのサッカーを基本的に美しいとは思えない。そしてそれが美しく快楽的なサッカーでない以上、日本人であろうとも日本チームを無条件に応援する必然性が私にはない。小難しい非愛国者と嘲られようと、私はブラジル、メキシコ、チリ、コロンビアといった国が見せてくれるだろう審美的なサッカーを支持する者としてワールドカップの現場にいつも連なりたいのだ。東アジアから韓国が参加した一九八六年メキシコ・ワールドカップでは、私のような東洋人の顔をした旅行者はみな韓国人に間違えられたが、私はその錯誤を自ら引き受けて楽しみながら、いたるところで偽韓国人に成りすました。そのうえで、たとえば地方都市プエブラで行われたイタリア・韓国戦のスタジアムに入る際にはイタリア国旗で全身を飾って、韓国人から見れば許しがたい「裏切り者」スタイルをとり、スタンドでイタリアに喝采を送ったりした。ナショナリスティックに意味の通る説明を求められたら、ナポリに住む中国系のイタリア人だとでも答えようかと考えていた。このようにして、「日本人」であることがまるで意味を持たないワールドカップで、私は自らの出自を自由に変容させる快楽を発見して興奮していたのだった。

 だが、日本チームがワールドカップに出場することは、二つの点で私のこの変身ゲームを無意味化する。第一に私の存在は必然的にナショナルチームの応援者の一人である日本人として矛盾なく容易に認定されてしまうし、第二に、日本人応援者で埋め尽くされたスタジアムでゲームを見るという、できれば避けたい集団性のなかに自分も取り込まれてしまうという点である。もちろん日本戦をあえて無視して好き勝手にひいきのチームの試合を見ながら移動するという方法もあるが、日本と初戦であたってしまう魅力的なアルゼンチンのサッカーを、日本人サポーターのあの画一的な応援風景のなかで見ることに耐えられるかどうか、私には自信がなかった。こうして私は、あえて日本が参加する大会であるからこそ、今回は見送ろうと判断した。だがもちろん、こうした理屈は、フランス観戦旅行の時間がとれないほどに仕事をためてしまった自らの非勤勉的な日常を棚上げした、いかにも思わせぶりの屁理屈にはちがいなかった。つまり実際は、行こうにも行けなかったというのが真実なのだ。

 以下の日誌は、とにもかくにも現地での観戦を遂げられなかった一人のサッカーの注視者が、日本でのあわただしく移動がちな日常のなかで、メディアを通じてどのようにワールドカップを見、それがいかなる想像力を刺激していったのか、その私的で断片的な記録である。TVやインターネットやジャーナリズムの報道や友人との会話を通じて私の前に現れた「ワールドカップ」は、徹底してメディア化された、現実のものではない、つまりは「ヴァーチャル」な出来事だった。そしてこの事実は、後に考察するように、フランスに出かけていった人々にとっても、あるいは同じだったのかもしれない。

6月9日 昨日から札幌に来ている。あすからワールドカップが始まるというのに、移動途上のホテルの部屋で開幕戦を迎えねばならない。幸い、このアールヌーヴォー風の小ホテルの装飾的な客室には小さなテレビが控えめに置いてあり、衛星第一放送が入る。とりあえず明日から数日間のTV観戦は保証された、と安心し、まずは仕事に集中する。札幌に来た主な目的は、グアドループ出身の作家マリーズ・コンデと対談し、彼女の講演会を札幌大学で開催するためである。マリーズ・コンデは今回フランス大使館の招きで初来日した、現在フランス語で書くもっとも注目すべき作家の一人である。カリブ海のグアドループ島に生まれ、一六歳でパリに留学。その後自らの文化的起源を求めてアフリカに渡り、独立運動期の政治的に昂揚するアフリカで、かえって自分のルーツ幻想に覚醒する。再びフランスに戻って学位を得た後、今度はアメリカ合衆国に渡り各地の大学で文学を教えつつ、現在はグアドループとニューヨークを往還しながら意欲的な小説を次々と生みだしている。ある雑誌のために対談したマリーズ・コンデは、なによりもまずその声と身体の圧倒的なクレオール的存在感で私を打った。植民地主義以降の歴史を通じた人間の移動や交通によって言葉や身体が混ざりあって生まれた、カリブのクレオール人という新たな混血意識を体内に宿しながらいまだ世界遍歴をつづけるコンデの声や身体に、私は現代人のおかれつつある「文化の離散と再定着」のダイナミックな運動を感じとったのだ。邦訳されたばかりの彼女の小説『生命の樹』(管啓次郎訳、平凡社)は、グアドループからパナマ、サンフランシスコ、パリ、ニューヨーク、ロンドン、ジャマイカといった場所に流浪しつつ生きるある家系の物語を描いたもので、そこには、生まれた場所でもなく母語でもないもの、つまりは文化離散の領土ともいうべき「移動」の途そのもののなかにこそ、人間の文化や言語意識を高め豊かにしてゆく力が潜んでいるという確固とした信頼が示されていた。私と彼女との対話も、カリブ海の人々が世界に向けて離散しつつ自己表現することで見いだされつつある、こうした混淆的な世界観への深い共感のトーンによって刺激的なものとなった。
 対談ののち行われた札幌大学キャンパスでの講演会には二百人を超える人々がつめかけ、会場は熱気につつまれた。北海道という、日本国家の周縁を形成する土地で、私たちはいやでも自己と他者との関係に敏感になる。マリーズ・コンデという、おそらくは北海道を訪れたはじめてのグアドループ人女性の、包容力ある声と豊満なクレオール的身体に圧倒されながら、人々は、近い将来の世界が、従来の国家や民族性によって分断された自己と他者との境界を、より融合的で寛容なものに変えてゆくであろうという強いメッセージを、そのとき感じとっていた。

6月10日 グアドループ島の空気がそのままこの日本の北の大きな島を一時的におおいつくしたかに思える感覚が持続するままに、深夜、ホテルの部屋でいよいよ待ちに待った開幕戦ブラジル対スコットランドを見る。だがブラジルのサッカーがリズムをつかめない。コーナキックからの得点のあとPKによって同点に追いつかれる、という経過が、いかにも初戦の緊張を示している。流れのなかでサッカーが熱を発しない。ボールと足と想像力の魅惑的な連携がない。ロナウドの目の覚めるような突破が見られないことがブラジルのサッカーを最後まで点火しない。

6月11日 ふたたび深夜○時半。注目していたイタリア・チリ戦。ホテルのTVは多重音声の機能がサブチャンネルの方に固定されているらしく、昨夜はポルトガル語、今夜は英語の音声での観戦となる。外国語放送の方がはるかに簡潔で、サッカーらしい。とりわけ昨夜のポルトガル語放送は、勝っていても負けていても基本的にその瞬間にボールを持っている選手の名だけを伝え、それ以外の解説やコメントをひかえたきわめて禁欲的なもので、とても好感が持てる。まさにボールを持ったプレーヤーの名前の連鎖がある関係性を描いて収束するところに、劇的なゴールがうまれるということを確信しているかのようだ。「このまま守りきれば○年ぶりの歴史的勝利です」とか「負ければもうあとがない日本チーム」とかいった、直接サッカーのプレーとはかかわりのない外部に依拠する言説を繰り出しながら、自らと視聴者とにプレッシャーをかけつづける日本の実況放送とは雲泥の差である。ナショナリズムや勝利至上主義の抑圧はこのようにTV放送を通じても日本の青少年に無意識に刻印されてゆくのか、と慨嘆する。ともあれ、サッカーの本質を理解しているか否かは、TVの実況のレヴェルにおいても歴然と判明するのだ。
 ところでチリのサッカーは攻撃的ですばらしかった。イバン・サモラーノ、マルセロ・サラスの2トップのゴールへと向かう本能が見ているこちらにもひしひしと伝わってくる。両者の攻撃的な連携もみごとで、ゴール感覚の共通する二人が2トップを組むと、こうも瞬時に破壊的なサッカーが生まれるのか、と感嘆する。一方、デルピエロを怪我で欠くイタリアには美が宿らずじまい。終了間際、微妙な判定で得たPKをロベルト・バッジオが決めてかろうじてドローにもちこんだが、このPKをもって、前回アメリカ大会の決勝戦での彼のPKの失敗を帳消しにしたと報道する翌日の新聞が目に見えるようだ。サッカーの本質的な機微が、PKなどという勝敗「決着」のためだけの非サッカー的道具にいまだ依存してるかのような錯覚に、ジャーナリズムはいつ気がつくのだろう。

6月12日 開催国であるフランスが対南アフリカ戦でデビューし、魅力的なサッカーを見せる。ゲームメーカーである10番ジダンの動きは、なにをするかわからないスリリングな即興性に溢れており、3点目を挙げた混血のフォワード、ティエリー・アンリの滑らかなドリブル突破もすばらしい。アンリがグアドループ出身であることを不思議な偶然に感じながら、札幌から名古屋に飛び、帰宅する。

6月14日 トゥールーズで行われた日本・アルゼンチン戦を自宅で見る。アルゼンチンのサッカーが気になっている。マラドーナの全盛期をワーリドカップの場で実際に目撃できたことはなによりも得難い幸運だったと思うが、凡百の人間のサッカー観自体を破壊してしまうマラドーナのような過激な天才プレーヤーの出現は、そうあることではない。マラドーナに一人舞台を用意するような奔放で異形のサッカーが終焉したいま、アルゼンチンがいかなるサッカーを新たにめざすのか。結果としてパサレラ監督の管理主義的な組織サッカーがその回答だとすれば、皮肉なものだ。アルゼンチンは振り子が大きく左から右へと揺れるように、正反対のチームをつくってきた。構想に合わない自由奔放な選手は、レドンドがそうであるように、どれほど魅力的なプレーヤーであろうとメンバーに選ばれもしない。天才的なドリブラー、オルテガにはそのドリブルを禁じて、仲間へのパスという奉仕と自己犠牲を強く要求する。バティストゥータもすっかり毒抜きされてスケールが小さくなってしまっている。選手のゴールへの本能的な欲望を、ひたすら戦術やチームワークのために抑圧するサッカーは、勝利が目的化されているという意味で、すでにそれ自体非サッカー的なるものだ。アルゼンチンの首都、ブエノスアイレスという大都会には、世界でもっとも多くの精神分析医が開業しているという。二十世紀の初頭、ヨーロッパ以上の文化的爛熟と栄華によって輝いたこの都が、その後没落し、人々が過去の栄光にすがりながら生きるようになったとき、街に精神分析が氾濫する。たしかにこの街の印象は、私にとっても、屈折した個人の内面が外に向かってさらけ出されたような感じがする。たえず微熱に顔を火照らせ、過去にあこがれ、現在を憎む。タンゴもそんな熱の音楽的表現だ。サッカー的とはいえない。現在の自分を、過去の抑圧との相互関係において語るような精神分析のなかで、パサレラのアルゼンチンが苦悩している。マラドーナという過去の栄光が亡霊のようにアルゼンチンの自我にとりつく。期待していた10番オルテガは、ときにすばらしいひらめきとドリブルの片鱗を見せはしたが、すでに本能的なサッカーを禁じられたという自己矛盾のなかで、その異形な身体性を発揮できない。

6月16日 深夜。ルーマニア・コロンビア戦。一つのサッカー・スタイルが死を宣告されている。守備を固めてカウンターを狙うルーマニアの退屈なサッカーに、優雅であるはずのコロンビアがなすすべもなく敗れる。ゆったりとした攻撃の空間を与えられ、おもむろに機知とひらめきによってパスをまわし、瞬時の判断によってゴールへとボールを展開してゆくラテンサッカーの一つの神髄を体現していた最後のチームの一つコロンビアは、もはやそうしたサッカー的機知が創造される物理的空間を与えてくれない現代のプレッシング・サッカーの全盛によって、ワールドカップでは「勝」てなくなった。三六歳になった司令塔バルデラマの顔には、ぶ然とした諦観のようなものすら感じる。コロンビアが今後、世界で「勝つ」ことを考えてアルゼンチン化するのか、それともペルーのように、美しい快楽的なサッカーをひたすら愛でることでワールドカップという「勝負」をはじめから切り捨てるのか、それはしっかりとみとどけねばならない。

6月17日 瀕死のラテンサッカーへの私の悲観的思いは、少なくとも今夜のブラジル・モロッコ戦で吹き飛んだ。それほどにブラジルは優雅で美しく、かつ強かった。ロナウドのスピードに変化をつけた陶酔的な身のこなしになにより感動。1点目のワンバウンドで待ってのボレーシュートの集中力もさることながら、3点目の右サイドのめくるめくばかりの突破とベベトへの最終パスの鋭さにはほとほと感服した。

6月18日 チリがロスタイムにオーストリアに同点とされた試合の翌日、新聞に気になる論評がのっている。チリの2トップを今大会随一と評しているのはいいのだが、一方で「守備がお粗末」とも書いてある。何とも不可解な論理というしかない。サラス、サモラーノの二人が機能するために投資されている攻撃的な意志の存在こそがチリというチームの最大の美質なのであって、それは守備や防御に精神・身体を過剰に投資していないからこそできるものだ。だとすれば、チリの攻撃を賛美する一方で守備の不備を指摘するというのは、そもそもチリの攻撃の積極性を少しも評価していない矛盾した論理ということになる。ジャーナリズムの、技術・戦術に特化した論評には、こうしたたぐいの非論理的なものがあまりに多い。

6月20日 大阪の高槻市で講演し、夜、帰宅途上の新幹線のなかで友人や学生たちとサッカー談義。チケットの大量不足のニュースはメディアをにぎわせたが、不足といわれつつ、実際にスタジアムに入場した日本のサポーターの数だけでも尋常なものではなかった。たとえば3万数千人の収容能力のあるトゥールーズの競技場の入場者のうち1万2千人が日本からのツアー客という自体はやはり異常としかいいようがない。選手も「まるで国立競技場にいるようだった」とコメントしているようだが、それは自国の応援団に感謝しているというよりは、多くの海外サッカーファンの慧眼によって自らのプレーを正当に評価される機会を失った意欲的な選手の失望の表現でもあることを忘れてはいけない。もっともいまの日本の集団主義的なサポーターに、そうした状況はまったく見えていないだろう。集団で一つのことに向けて擬似的に陶酔することだけが、貧困も戦争も立志も奪われた「平和」な日本の若者の共同幻想となりつつある。しかも、観戦ツアーに参加し、現地で「本物の」ワールドカップを見ようと過剰な投資を敢行した人々が、現地でチケットの不在に直面して狼狽している姿は、ある意味で奇怪というしかない。報道によれば、チケット不足の直接の原因はブローカーの詐欺行為にあるようだが、それ以前に、一万数千枚というスタジアムの席数の三分の一強を超える枚数のチケットが日本人サポーターに渡るという非常識の思いこみこそが、すべての混乱の原因である。門前払いをくらい、スタジアム近くの公園で巨大なTVスクリーンに映し出されたヴァーチャルなゲームを見ざるを得なかった多くの日本人もまた、この奇怪な「ワールドカップ」というそれ自体ヴァーチャルなメディア化されたイヴェントの力弱き参加者ではあった。日本、クロアチアに敗れる。

6月22日 中田英寿のホームページに掲載されて評判だった彼のフランスからの手紙が、突如休止された。中田本人が、中止する旨のメールを書いてきたのだ。理由は、予想通り、クロアチア戦敗北後に読者から届く誹謗・中傷・非難のメールの洪水に、中田自身、つきあいきれなくなった、ということのようだ。中田を弄んだ「ファン」というものの本性が、たてつづけの敗北という「結果」によって露呈されたわけである。クロアチア戦の敗北を決定づけた失点が中田の「ミスパス」によるという、まさに「結果」だけを書き連ねるマスメディアにただ追随して、憤懣を中田にたいしてぶちまける「ファン」という名の、厚顔無恥な暴力。なにか同じような光景を、私たちはすでにアジア最終予選の対UAE戦直後の国立競技場の場外乱闘で見ていたような気もする。けれども、中田の偉いところは、そうした目を覆いたくなるような自己陶酔と身勝手の洪水のようなメールとフランスでつきあいつづけ、最後にそれへの決別を自らの言葉で直接語ったことだろう。この中田のホームページに掲載された20通ほどのフランスからのメールは、サッカーを直接語ることなくサッカー的な感性を示すことに成功したという意味で、今回のワールドカップの予想だにしなかった「収穫」であるように思える。

6月26日 映像人類学のシンポジウムで東京に出、新宿のホテルで深夜の日本・ジャマイカ戦を見る。日本のスターティングメンバーがいままでとおよそ変わらないことに驚く。指導者はどこまで消極的に「勝負」にこだわる気なのだろう。後半途中からの呂比須や最後の数分に賭けた小野ら途中出場者たちの自在なプレーが唯一の救いだった。

7月1日 アルゼンチン・イングランド戦は引き分けPK戦となったが、そのPK戦の観客席でいかつい顔のロックシンガーが祈っていた。ミック・ジャガーだ。イングランドの勝利を信じて祈るミック。ロッカーが国に祈って本当にいいのかい、と思わず声をかけたくなる一瞬だ。

7月6日 奥飛騨の白川郷へ、フランス人の建築家、ヴェトナム系アメリカ人の映像作家とともにでかけ、生態住宅としての合掌造りの民家に泊まる。TVもなく、新聞すら朝11時に届くこの村で、サッカーはしばし忘れたはずだった。だが、この世界遺産の合掌造りの里にもブラジル人がいて、サッカーで熱していた。近くの山菜工場に数年前からブラジル日系人の数家族が就職し、工場長の信頼を得て、ブラジル人従業員の数が増え、それにともなって家族を呼び寄せて白川郷の重要な働き手となっているのだ。この時期、彼らの仕事への勤勉性はワールドカップによって少し崩される。中国東北部から輸入した山菜を、日本風に味付けして全国に出荷する白川郷のブラジル人たち・・・。こんな文化混淆的世界が、飛騨の山奥にも展開する。

7月8日 準決勝フランス・クロアチア戦でのテュラムの2得点で、ある啓示を受ける。サッカーがいまだ国家の原理にからめとられ、ナショナリズムから脱却できないという議論に対し、私は主宰するホームページのメッセージボードに次のような決意文を思わず書いた。<サッカーとナショナリズムをめぐって議論があるようですが、私自身がなぜサッカー批評に介入するのか、ひとこと言っておきます。すでに拙稿「二十世紀最後のワールドカップのために」(『論座』97年11月号)でも強調しておいたように、現代のサッカーというフィールド自体が、近代スポーツを推進させてきたナショナリズムの原理と、それを解体させようとする脱国家主義的な傾向とがせめぎあう、イデオロギー的な紛争の場になっていることは明らかです。私はそうしたサッカーという場の競合的な性格を足がかりにして、二十世紀的「国家」の彼方を想像してみたいのです。次の世紀、国民国家がどのようなかたちで強化されあるいは延命し、サッカーがそうした国家原理にどのようにして従属せざるを得ないのか、そうした「将来予測」に私はまったく興味がありません。国家の未来など、社会科学的に「分析」しても無駄だと私は考えています。国家とは、いかにそこから私たちが未来に向けて主体的に「超出」してゆくか、という思考の意志の問題としてのみあります。私はサッカーを方法論として活用しながら、この超国家的・脱国家的な「意志」を表明したいだけなのです。ナショナリズムとその相克に関する限り、私は観察者としての冷静さを装った分析的批評は何の役にもたたない、ただ、実践者としての意志的批評だけが世界を変える力を持つと、ややおおげさに信じているのです。だからこそ、いま現在日本で行われているこの種の議論において、だれがたんなる分析的精確さを標榜するだけの観察者で、だれが過剰な思想的要求を自らと世界に対して突きつける実践者なのか、きちんと見分ける目を私たちは必要としています。自らが帰属する国家を徹底して相対化し、日本人であることをいつでも放棄しうる意志が脈打つ言説の価値を、たんに現状分析を持って悲観的に判断するのは、思考停止に等しい行為です。サッカーがこれからどうなるか、ではなく、サッカー(の彼方)に私たちがなにを幻視しうるか、その意志的未来を過度に信ずる想像力だけが、サッカーの国家原理による封鎖を解き放つことができるのです。マリーズ・コンデとともに、世界のグアダループ的離散を形成する一人、フランス・チームのサイドバック、リリアン・テュラムの昨夜の準決勝での見事な2ゴールは、一次リーグで活躍したこれまたグアダループ出身のティエリー・アンリの疾走とともに、私のそうした信念を、ふたたび確かなものにしてくれた、と言っておきましょう。>

7月13日 夜からの参院総選挙の開票速報のあと、未明から早朝にかけて決勝戦の放送。フランスが、最後に本領を発揮したジダンの2ゴールなどでブラジルを圧倒して勝利。ジダン、デサイー、テュラム、アンリ、カランブーら、アラブ、アフリカ、カリブ海、太平洋諸島出身の民族離散の息子たちをチームの中核とするフランスがワールドカップを手にしたことは、一つの新しいサッカー的意識の曙光を告げている。国家によって占有され、国家への忠誠心の表明であったワールドカップの舞台を、脱国家主義的な地平へと牽引してゆく新たな運動の始まりである。スタジアムで歓喜するシラク首相の顔を見ながら、かつて、カランブーがニューカレドニア人の尊厳に基づき、シラクの南太平洋(フランス海外県の領土である)での核実験に抗議して国家や国旗に背を向けたことが、だぶって思い出される。マルセイユの貧しいアルジェリア移民区に生まれ育ったジダンの勝利の言葉もすばらしい。「今日は私の人生で最も大事な試合となった。われわれは今夜、お互いのことを思い、あす(この優勝を)祝うだろう」。サッカーでの充足感が、まず選手同士の「互いの」出自と人生の変転への深く内省的な「思い」として反映され、そののちに、優勝を国民的な熱狂のもとに「祝う」という儀礼的な過程がくる。ジダンはこの二つの行為の順序を、決して間違えない。ブラジルの壮絶で美しい負け方になぜか深く感動した私は、このジダンの言葉に、フランスとブラジルの美しく躍動した選手のすべての顔と身体とをを等しく想像した。


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