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以下がarcticの過去ログです。

 


Friday, December 25, 1998 at 16:00:29 (JST)
Ryuta Imafuku <archipel@dddd.ne.jp>
Arcticは地軸の北に位置する極地。
地球物理学的にいえば要の土地も、人間の生存から見れば極限の地。
したがってこのサイトは、思考と表現の極北をめざす過激なメッセージボード。
生半可なことでは書き込めない。
だが、機知を働かせればarcticはarc(弓)にも、arch(アーチ)にもarchi-(原型)にも通ずる。
このあたりに書き込みの糸口が隠されている。

Thursday, January 21, 1999 at 19:13:53 (JST)
Yuka Amano <yak.amano@originet.com.br>
from arctic to Antarctic Arctic が、存在してから Antarcticがその極として名前をつけられたのでしょう か。ヨーロッパの言葉ですものね。 antarctic.南極。 「南へ。。。」日本で耳にした言葉。 「人はなぜ南へ行くのか。」 日本は北半球だから、南へ行けば行くほど楽園がそこにある。 南イコール楽園。 なにか引っかかる。 そうだ。 私は、南半球育ちだからだ。 でも、南という言葉には、すでに「楽園」(暖かい太陽、浜、海辺、美しい女性) が、刻み込まれている。それは、拭い難い。 では、「南」をポルトガル語に直訳してみよう。 Sul. 寒いイメージが広がる。 Sudeste. サンパウロの位置する工業、ビジネス地帯。発展。秩序。 (日本でいうと、「関東」) アメリカから見るとSouth。 アメリカが終わり、ラテンアメリカが始まる臨界。 それから、あのピングー、彼は、 "un grand ami qui vit de pole sud" ではなかったのでしょうか。 ピングーは南から来たと言うのは、なんだか変ですよね。 トロピカルという日本語も、 Tropic of Capricorn上育ちの私には、一言いってやりたい変な言葉です。 名前が与えられず、ある視点から見て、その方角で名づけられた場所たち。

Monday, January 25, 1999 at 09:00:10 (JST)
polar bear <guess>
えらそうに、小娘が何か書いたようだ。 わかっているような口調が嫌い。 でも、しかたがない。 そんなことより、質問。 南極や、北極は、タイムラインが集まる点でもある。 北極や、南極は、いったいどこの時間に合わせてあるのだろうか。 だれか、教えてください。

Tuesday, February 16, 1999 at 15:29:36 (JST)
寅吉 < woid-t@ma6.seikyou.ne.jp woid-t@ma6.seikyou.ne.jp woid-t@ma6.seikyou.ne.jp >
連続する足場をつねに現実の極とし、 地軸を身体と大地深くに降ろしつつ、 脳髄をじりじりと焼く灼熱の太陽に刺し貫かれる。 「垂直の旅」。 時空を一歩も動かないままに、 あらゆる旅の誘惑に抗っておこなわれる非‐旅としての。 思考に透明度をあたえる。 零度の沸騰。 「想像的なるもの」の凝結。 無生物への欲望。

Tuesday, August 03, 1999 at 21:08:04 (JST)
Coyote <coyote@cafecreole.net>
ひさびさにメッセージボードを見たら、各地が隆盛しているのにひきかえ、極地はまるで閑散。そこでおいらもキタキツネになった。いま行きたいのは、カムチャツカ、グリーンランド、ハドソン湾、せめてサハリン。訪れよ、氷河期。よみがえれ、狩猟経済。だって、暑すぎるからね、現実のこの生活は!

Tuesday, August 10, 1999 at 15:23:28 (JST)
野良猫
ダイエットは身体だけでなく、言葉にも必要なようです。 情報過多な昨今、言葉の大海に翻弄され、自分の核を見失いがちになり、 「あっ」と思ったときには、とたんに、言葉の大海の中で、自分の存在があいまいになります。 常に、「わたしは誰か」という問いを繰り返し、そして言葉による返答だけでなく、 たとえば、 お風呂の湯の温度、 夏の夕暮れ時の微風、 さらには肉体を動かし流す汗の道筋。 身体の末端の神経を研ぎ澄まし、感覚を蘇らせ、「わたしの肉体」を感じる行為も非常に重要ではないでしょうか。 「わたし」という個体の中で、物/心が融合し、発生してくる「言葉」。 それを掴み出し、えぐりだし、しゃぶり尽くしたい。 もっと、シンプルに。 もっと、混沌として。 自分の髄をしゃぶりたい。

Tuesday, August 10, 1999 at 19:04:31 (JST)
autophage <coyote@cafecreole.net>
そうか、ダイエットっていうのは自食行為にほかならないもんな。えらいぞ、ノラちゃん! よく気がついたなあ。おいらのともだちの元ラカン研究者が、41歳にしてジムでのシェイプアップにめざめてね。有酸素運動45分めに襲ってくるエンドルフィンの嵐がたまらないんだって。おかげですっかりした体型、顔つきになっちゃって。30代はじめごろの不摂生とはおおちがいなんだよ。 食物の消費を減らそう。消費を全般に減らそう。徹底してつつましく暮らそう。極地の生存を、どこにいても追求しよう。

Thursday, August 12, 1999 at 16:05:49 (JST)
野良猫

極地---とは、どこかに中心があって、中心からみての端、と解釈してもよいのでしょうか。

異世界との接点、境界、わたしが常に在りたいと思う場です。

混沌とした空間、時間が横たわり、そこから新しいものが発生してくる現場。

何もない場所ではなく、何か在る場所。

極地もまた、そのような場所でしょうか。

極限にあるからこそ、生存があらわになる、とは誰が言った言葉だったか。(高橋たか子?『亡命者』だったか、『境に居て』だったか)

Saturday, August 14, 1999 at 22:45:59 (JST)
ノラ <imura@>
「暴飲・暴食・暴○○○」の20代のつけが回ったのか、今年の前半は体調を極度に壊してしまった。そこでやむなく、去勢された菜食主義者のような生活をしていたら、体重が思いっきり減った。しかも頭脳明晰で、文章もめちゃめちゃ書ける。中上健次(×福田和也)のような暴力的なパワー(×風貌)を目指していたのだが・・。

Tuesday, August 17, 1999 at 13:16:18 (JST)
野良猫

宮澤賢治の『銀河鉄道の夜』で列車は北を目指していたとかいないとか。
その場合の北は魂の昇天の道筋。
極北は、いわば魂の故郷の1つになるのでしょうか。

豊穣の天国。

*****

I want to be a song. (not singer.)
I want to be a music. (not musician.)
I want to be a prayer.
And.... I want to meet a soul.

うた、に、なりたい。(歌手では、なく)
おんがく、に、なりたい。(ミュージシャンでは、なく)
いのり、に、なりたい。

そして.....、ひと、に、出会いたい。

Wednesday, December 13, 2000 at 16:26:51 (JST)
cockgin <cockgin@hotmail.com>
豊かさのしらべ.忙しい忙しいと何千回もさけび続け、 やがて来る定年のしらせ、安住の地はもうそこには無いと 気づいた時には何をその枕で夢見るのか. 伝承された記憶の束をひとかかえ、その炎の中に投げ込む むせかえる煙りにつつまれ流す涙があの海水浴場に帰るころ 自分が今、どこに立っているのかがわかるだろう. ジャズ喫茶「マイルストーン」のコーヒーを飲みながら 自分と皮膚がぴったり重なりはじめ、 確信に満ちたそのまなざしを向ける方向は はたしてその右手か左手、あるいは自分の後頭部になろうとは 誰が思っていただろうか. 少し老けたな、とつぶやき夜の駅前を足早に通りすぎる. 次の列車で今日も家に帰る. 吊り革がぶらぶらとゆれ続け、中吊り広告がほほえみ続ける. 星が見えない. 夜気につつまれ電灯の下、自分の影を踏みつける. 何てことない、と自分に言いきかし、だまし続けること幾数年、 しだいに顔がゆがみ他人の顔のように思え、 鏡をガードレールに投げつける。 光が反射し、体をつきぬける。 家のまわりを30分、自分の家がわからない。 確かにこの辺には違いないのだが、 私の家のドアが見つけられない。 途方にくれ、しゃがみこみ、ため息をつく。 私に家などはじめから無かったことに気がつく。 みかづきがもう南の方まで来ていて、虫の音が耳に入る。 遠くで列車が通り過ぎていく。


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